和漢朗詠集校異 凡例にかえて

 本稿は、『校異 和漢朗詠集』の校異について、底本を山城切から御物伝行成筆粘葉装本に切り替えて入力し、複製本等によって校異データの確認をしている。以下に『校異 和漢朗詠集』の伝本略号を掲げておく。(山城切の校異は「城」として採用、「原」の略号は「葦」に変更した)

御物 伝行成筆 粘葉装本
松平子爵家旧蔵 伝行成筆 伊予切 (『校異 和漢朗詠集』は下巻について五三四〜五四八(本稿では五二九〜五四三)、五九四〜六二三(本稿では五八九〜六一八)存とし、その範囲内でしか校異採用していない。本稿では完本として下巻すべてを対象とすべく、田中親美による複製本や模写本を基にした日本名跡叢刊『伊豫切和漢朗詠集[下巻]』(二玄社、一九八一年)に拠った。)
近衛公爵家所蔵(陽明文庫蔵) 伝行成筆 近衛本
関戸家所蔵 伝行成筆 関戸本 (現在は国会図書館HPにて画像確認可能)
御物 伝行成筆 雲紙本
御物 伝公任筆本

に変更)
原富太郎蔵 世尊寺伊行筆本 (ただし『校異 和漢朗詠集』の当時は複製本がなく、下巻の校異はわずかしか掲載されていない、本稿では下巻の校異も補っている。現在ではe国宝にて、「芦手絵和漢朗詠抄 上・下巻」として全画像が公開されている。)
尊経閣文庫蔵 伝寂然法師筆本
尊経閣文庫蔵 伝為氏筆本
岩瀬文庫蔵 弘安本 上巻のみ存
岩瀬文庫蔵 延慶本
池田亀鑑蔵 影写伝世尊寺伊尹筆本 (現在は東海大学付属図書館 桃園文庫蔵)
古梓堂文庫蔵 嘉暦元年写本
里見忠三郎蔵 伝後京極良経筆本
古梓堂文庫蔵 
京都府立図書館蔵 上巻存(巻首欠あり) 鎌倉末写 現在は京都府立京都学・歴彩館の所蔵となっている。
 京都府立京都学・歴彩館 デジタルアーカイブにて、画像を確認することが可能である。
 『校異 和漢朗詠集』も詩題などに一部に別筆書入があることを指摘しているが、なお全体に数段階の書入があるように思われる。略号「嵯」「正」の伝本などと同様に、校異としての扱いにも注意が必要である。
尊円法親王筆本(版本) (下巻末に「正保五年正月十一日」の年時を識す版本であり、現在では早稲田大学古典籍総合データベースにて精細な画像を確認することができる。)
 『校異 和漢朗詠集』は下巻の「管絃・山・仙家(初四句のみ)・山寺・仏事・懐旧」の六箇所に脱簡ありとし、他本による補写が施されており、この補写の部分は校合には省いたとする。本稿では、補写部分も含めて異同があれば校異として採用し、補写部分である旨を明示した。
 また凡例十二に述べるように、「公」(御物 伝公任筆本)・「尊」(尊円法親王筆本(版本))の二本は作者名・題詞等の注記をまったく持たないため、『校異 和漢朗詠集』は作者名・題詞等が両本にない場合であっても、校異にはその旨が指摘されていない。同書は「校本使用に當つて特に注意せられんことを乞ふ」と述べるが、本稿では両本についても他本と同様に「ナシ」と明示することにした。
伝公任筆 太田切 国立国会図書館支部静嘉堂文庫による複製本(一九五四年)および『古筆学大成』による。ただ、上記複製本の範囲においても、『校異 和漢朗詠集』は若干の校異を採用しているに過ぎず、異同のない場合も含めて、結果として大幅な校異データの増補となっている。
伝公任筆 大内切
伝公任筆 唐紙朗詠集切
伝公任筆 下絵朗詠集切
伝公任筆 益田切 益田鈍翁旧蔵本は、現在東京国立博物館の所蔵となっており、「画像検索」「和漢朗詠集(益田本)」でネット上から確認することができる(あまり画質はよくない)。『校異 和漢朗詠集』に未収歌も多く(下巻479以下)、『古筆学大成』によるものと合わせて、校異データをかなり増補している。
伝行成筆 大字朗詠集切
伝行成筆 法輪寺切
伝俊頼筆 安宅切 (『御物 和漢朗詠集 安宅切』(福田喜兵衛 編集兼発行者、一九六五年)により確認、『校異 和漢朗詠集』の校異を大幅に増補した。
藤原基俊筆 多賀切
伝定信筆 戊辰切 上巻は藤原伊行筆、下巻は藤原定信筆。尚古会による一九二八年発行とされる複製本による。『校異 和漢朗詠集』では100箇所程度しか異同が指摘されておらず、太田切同様、かなりのデータ増補となる。
伝頼政筆 平等院切
伝飛鳥井雅経筆 朗詠集切
伝飛鳥井雅経筆 長谷切
伝寂蓮筆 大阪切

『校異 和漢朗詠集』未収伝本

久松切 荻原安之助による1960年発行の複製本を使用した。(129〜156は切出により存せず)
鳳来寺旧蔵本 佐藤道生『和漢朗詠集 三河鳳来寺旧蔵暦応二年書写 影印と研究』(勉誠出版、二〇一四年)による。
嵯峨切 上巻のみ存、『古筆学大成』が言及する刊行年不明の複製本による。里見忠三郎による切断という。詩題のところは、後補の書き入れであるものが大半を占めているようにみえる。校異としても扱いに注意が必要である。
正安本 上巻のみ存、日本古典文学会の複製本によったが、巻頭から「雨」あたりまで、下部焼失により損傷箇所がある。傍記やミセケチなど、後補の書入は原則採らない。ただし同筆なのか後補なのか判断難の場合があり、そうした場合には採用したものもある。

 上記のうち、現在までのところ複製本等により校異データの確認を終えているのは「粘」「伊」「近」「関」「雲」「公」「原(葦)」「安」の諸本、それに佐藤道生『和漢朗詠集 三河鳳来寺旧蔵暦応二年書写 影印と研究』(勉誠出版、二〇一四年)を追補した。追補の伝本については『校異 和漢朗詠集』未収伝本であることが明示できるよう「▼鳳」とした。以後も同書未収本を追補する際には、同様の表示をする予定である。古筆切研究の最近の成果を導入することは必須の課題であるが、これも順次加えていきたい。

 このように「和漢朗詠集校異集成(稿)」として公開することは、憚られるほどの状況であると言わざるをえない(底本の漢字字体にいまだ変更を加えつつあるのが現状である)。「源氏物語校異集成(稿)」の校本としての精度が98%程度として、本稿はいまだ50%にも満たない状態にあり、またまだ変更や修正を加える可能性が高いため、「凡例」をまとめることすらできないのが現状である。ご覧になっていただければ、おおよそは「源氏物語校異集成(稿)」に倣っていることは了解していただけるものと思う。ただし和漢朗詠集の事情として、漢字表記・字体の問題があることはお断りしておきたい。

 現在、西下経一・滝沢貞夫編『古今集校本』(一九七七年、新装ワイド版は二〇〇七年笠間書院)に増補修正の手を加えた『古今和歌集校異集成』(仮称)の刊行を目指して、準備を進めているところだが、古今和歌集に注目したのは、源氏物語や伊勢物語とは異なり、平安時代写本が複数本以上現存しているからであるし、近年の古筆切研究の目覚ましい成果も導入したいと考えたことによる。和漢朗詠集に手を染めたのも同様の事情による。編者とされる藤原公任の在世年代に近い時代の写本、およびそれより下るもののやはり平安時代写本が複数本現存している。それらと鎌倉時代以降の伝本との本文の違いが奈辺にあるのかを実感してみたい、そうしたことを考えるための材料を提供してくれるのではないかという思いから出発し、今まで源氏物語や伊勢物語においてやってきたことを、和漢朗詠集においても愚直にやってみるしかあるまいと考えた次第である。

 上記のようにいまだ不十分な状況にあるにもかかわらず、ここにあえてデータ公開に踏み切ったのは、デジタルデータであれば、たとえ不十分な状況にあっても検索というツールを使用することが、校異も含めて可能だからである。本稿を利用される方は、以上の点をふまえて使用していただきたい。誤りや不審箇所などがあれば、御教示いただければ幸いである。